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函館地方裁判所 昭和30年(わ)339号 判決 1956年4月10日

被告人

近藤昭典 外二名

弁護人

橋本清次郎

検察官

鷲田勇関与

主文

被告人近藤昭典、同木村清明、同坂本秀雄をそれぞれ懲役四月に処する。

但し、本裁判確定の日より二年間いずれも右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。

理由

被告人等は旅客の自動車運輸事業を目的とする函館市松風町八番地所在の函館バス株式会社の従業員であり、且つ同会社労働組合の組合員であるが、同組合は賃金値上、労働協約の改正等二十五項目(後に要約せられて八項目)を要求し、昭和三十年七月七日午前零時を期して同盟罷業に入つたが、同会社の第二組合たる従業員組合は当時右同盟罷業に参加せず、同会社の業務に従事していたところ、被告人近藤昭典、同坂本秀雄の両名は昭和三十年八月二日右従業員組合の所属員小林富夫の運転操縦する同会社所有の乗合自動車(函二―二〇九三号)を同労働組合側に接収し、これを同市日の出町に在る同会社日の出車庫に格納せんことを企図し、同日午後四時頃、右小林富夫が正規のダイヤに従い、亀田郡椴法華村より函館市に向け運転操縦して来た前記自動車を同市湯の川町停留所に待ち受けてこれに乗込み、終点同会社函館営業所前停留所に至つたところ、更に同所附近で被告人木村清明は同労働組合員会津茂義と前後して共に、被告人近藤昭典、同坂本秀雄と同様の企図の下に右自動車に乗込み、その時、右小林富夫が会社の命により右担当自動車を同会社大野車庫(亀田郡大野村所在)に廻送するため同市松風町交叉点附近より函館駅前方面に向け運行を開始するや、之を妨げるため被告人近藤昭典は右小林富夫の意に反し前後数回に亘り右自動車の減圧器に手をかけ圧を下げ、或はハンドルを左に切り、被告人木村清明は右自動車の変速器に手をかけてこれを中立に入れる等の所為に及んだため右自動車は函館駅前市営バス停留所附近に停車するの已むなきに立至つた。此の時被告人等は小林富夫に対し強く自動車の引渡を求めたけれども峻拒されたため、こゝに被告人等は右会津茂義と意を通じ、互に共同して右小林富夫を車外に引出し以て同人が右自動車を大野車庫に廻送することを阻止せんことを企て、被告人近藤昭典、同木村清明、及び右会津茂義は右小林富夫の腕を引張り或は同人の肩を押し、被告人坂本秀雄は右小林富夫の背後より同人の肩を押し或は肩を掴んで抱き上げ、斯くて右小林富夫を運転手座席より引起して車外に引出し、よつて被告人等は共謀の上威力を用いて右小林富夫が会社の命に従つて前記自動車を大野車庫に廻送することの運転業務を妨害し、且つその際前記暴行により右小林富夫に対しその右上膊部に全治迄に約一週間を要する打撲兼擦過傷を負わしめたものである。

(証拠の標目略)

(法律の適用略)

弁護人並びに被告人等は本件は函館バス株式会社労働組合の正当な争議行為に端を発したもので、同労働組合は労使対等の立場を保持するため会社の車輛を接収して団体交渉を続けていたところ、労使間に右争議行為中である昭和三十年七月二十五日同日より同月二十九日迄の間、右労働組合の接収にかかる車輛中五十五輛を一時会社側に引渡して、会社の指揮監督の下にこれを運行すること、もし右期間中労使間の団体交渉が妥結の運びに至らないときは同月二十四日の争議状態に戻る旨の協定が成立し、右協定に基き右期間中労働組合はその接収にかかる車輛中五十五輛を会社側に引渡したものであるが、遂に右期間を経過するも労使間の団体交渉が纒まらなかつたものであるから、右協定に則り、会社側に引渡した車輛中の一輛である小林富夫の運転する本件自動車も亦当然に労働組合の手中に復帰せらるべき筋合であり、会社が右協定に反して右自動車の返還を拒否し、右小林富夫も亦会社側の意をうけてこれが返還に応じなかつたため、被告人等は会津茂義と共に右自動車の返還をうけて之を労働組合側に接収すべく本件行為に出でたのである。結局被告人等の行為は労働組合の正当な争議権に基き、労使対等の立場を保持する必要から、労働組合による車輛の接収を図るためになされたものであつて正当な行為であり、而かも右の如く労使間に成立した協定に基いてなした正当行為であるから労働組合法第一条第二項により刑法第三十五条が適用され罪とならないものである旨主張するけれども、抑々争議行為中においてバス会社労働組合が会社の所有管理する車輛をその占有を排してこれを自己の手中におく、いわゆる接収行為が果して常に労使双方の対等の地位を保持することを目的とする正当な行為であると云い得るか否かについては異論の存するところであり、かりに右接収そのものが、正当な行為であり、しかも本件において弁護人並びに被告人等主張の如き協定が結ばれ、これに基いて被告人等が本件車輛の接収をしたものであり、この協定に基く接収行為も亦正当な行為であるとしても、これが遂行に際り、本件の如く業務として自動車を運行する、会社の第二組合たる従業員組合所属の運転手小林富夫に対し、共同して、暴行によつてその業務を妨害し、且つ傷害を与える等の有形力を行使することは労働組合法第一条第二項にいわゆる暴力の行使に該当するものというべく、従つて本件における被告人等の所為は右法条の精神に反しその正当性を欠くものであつて刑法第三十五条を適用する余地は全くないものといわなければならない。以上の次第であるから弁護人並びに被告人等の主張は採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷本寛 裁判官 永渕芳夫 裁判官 太田昭雄)

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